今年は6割くらい引きこもり、人間関係において苦しんだ

今年ももう終わるので一年を振り返ってみた。メモやら日記やらを読み返してみると、いっつもコイツ、苦しんでんなということが分かった。幸か不幸か今年はここ10年でほぼ接する機会のなかった他人と接することが多かった。

それ故に、人間関係でどうやら悩んでいることが多いことが分かった。数多く出会ったので、連絡先に父親と母親以外の人も増えたもんだ。

そして、偶に全部消し去りたくなったりもして、実際一度連絡先を消したこともあった。ひどいことをしてしまったな、なんてずっと後悔してきたが、その時の自分の考えを見返してみると、あまりにもそのことに苦しんでいるのでこれはそーなるわなとやけに納得してしまった。ああでもないこうでもないとその時々の人間関係で悩んでいる。そうして思った。クッソどうでもいいことで悩んでんなーと。更に思った。今現在もまた別の人間関係において大いに悩んでいたのだが、それらも実はくっそどうでもいいことなんじゃないかと。

たしかに、どうでも良かった。約束破ったりして嫌われた(多分)のだが、すごくどうでも良かったのだ。その人は嫌いではない。嫌いな奴から嫌われてもどうでもいい、それは納得出来る。しかしその人はいい人どころか素晴らしい人であった。そして悪いのは僕だ。その上で、実にどうでもいいなーと思った。好かれようが嫌われようがどっちでもいいと、そんなふうに思った。

そもそも、自分には一貫性がなかった。会って最初の頃はむしろ認められてたまるかと、影でこそこそと努力して目の前ではテキトーに振る舞うくらいだったのだが、その人物にいいことをしてもらうたびに、嫌われたくないという思いが出来てきてしまった。そうして、媚びるようになってしまった。いい顔をするようになってしまった。結果としてクズ要素高めなのに、いい顔するやつの出来上がりだ。クズはクズとして一貫してたら、それはそれでコイツはこうという点において信頼出来ることもあろうが、表いい顔裏はクソなんて時には、まず信頼なんてされない。その点においてのみ、反省している。

今年中に謝りたいとも思う。気持ちよく、スッキリ新年を迎えたいなんて思っているからだ。でも、許してもらおうとか、好かれようなんて気は一切なくなってしまった。ただただ自分のために、謝る。それ以外はどうぞお好きに。